白子橋(白子宿)

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白子宿
[白子宿(しらこじゅく)とは、川越街道(川越・児玉往還)にあった宿場。現在の埼玉県和光市白子にあたる。川越街道旧道と白子川が出会う場所から熊野神社までが中心部と推測される。豊富な湧き水を利用した造酒が盛んであった。
元々白子(シラコ)は「新羅」の転訛で、渡来人らが開いた土地とされ、古代からこの辺り一帯の中心地であったと推測されている。川越街道がこの地に宿場に置いたのも、自然発生的な結果であろう。
しかし東武鉄道が開通すると隣地の成増駅和光市駅に賑わいは移り、白子は和光市の一大字に転落した。当時の面影を残すものは熊野神社や富沢家などを除いてほとんどないが、それでも独特の雰囲気が残っている。  (wikipedia・白子宿_(川越街道)より)]

[『靴が鳴る』の歌碑は、埼玉県和光市の白子川に掛かる白子橋にあります。歌詞を書いたプレートが橋の欄干にはめ込まれているだけなので、厳密に言うと「歌碑」と言えないかもしれませんが、近年、橋などに歌碑のプレートをはめ込むことがあちこちで行われているので、ここでは広義の「歌碑」として紹介します。作詞者の清水かつらは、東京で生まれ育ち、都内の出版社に就職し、少女雑誌『少女号』の編集を担当しましたが、25才の時に関東大震災に被災し、継母の実家のあったこの地へと移り住みました。
ところで、皆さんは清水を顕彰する施設が、板橋区の東武東上線成増駅と埼玉県の和光市駅の前にそれぞれあることをご存知でしょうか。実は清水の住んでいた家が都県境に近く、両駅の中間地点にあることから、それぞれの駅前に時計塔や碑が建てられているのです。もし、白子橋に行くことがあれば、両駅前に足を伸ばしてそれぞれの施設を見るのも一興でしょう。  (「第10回 『靴が鳴る』 – まぼろしチャンネル」より)]

清水かつら「靴が鳴る」の歌碑 – Google Map 画像リンク

カメラ位置は白子橋で、カメラ北西方向が白子宿であったようです。白子橋の親柱横に『靴が鳴る』の歌碑が埋め込まれています。

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