日光例幣使道分間延絵図(太田宿)

太田宿(おおたじゅく)は、日光例幣使街道7番目の宿場。現在の群馬県太田市の市街地周辺である。大光院門前町と複合的発展を遂げた。
中世は「大田郷」と称していた(『正木文書』)。1643年の太田宿成立以前の太田が、どのような町であったのかは古記録を焼失し詳細は不明である。
●1645年 日光例幣使街道を制定。太田宿はその宿場となる。
●1680年 天領となる。以後明治維新まで天領。
●1764年9月17日 管轄になる。  (wikipedia・太田宿_(日光例幣使街道)より)

絵地図初期設定画面に「今井村」と記述されています。
明治9年(1876年)-東今井村・上浜田村が太田町になる。

絵地図初期設定画面に「太田宿」と記述され、その左下街道十字路(桐生道・古戸道追分)中央に高札場が描かれ、「太田宿」記述の右下に下方向の道は大光院の参道になります。絵地図をスクロールすると参道右に八瀬川永盛橋が描かれ、「大嶌村」、「今井村」と記述されています。
明治22年(1889年)-太田町 ← 太田町[大部分]、大島村[一部]

絵地図初期設定画面に「長岡村(太田市東長岡町)」、絵地図をスクロールすると「新島村(太田市新島町)」と記述されています。

絵地図初期設定画面に「臺之郷(太田市台之郷町)」、絵地図をスクロールすると「石原村(太田市石原町)」、「長岡村」と記述されています。

絵地図初期設定画面に「矢場村(太田市矢場町)」、絵地図をスクロールすると「臺之郷」と記述されています。

絵地図初期設定画面に「堀米村(足利市堀米町)」と記述され、絵地図をスクロールすると矢場川が描かれています。

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