日光道中分間延絵図(杉戸宿)

杉戸宿(すぎとじゅく)は、江戸(日本橋)から5番目の奥州街道日光街道宿場町である。現在の埼玉県北葛飾郡杉戸町に位置した。
江戸時代に整備され、宿場町に設置した。現在の埼玉県北葛飾郡杉戸町中心部に相当する。日光街道の江戸・日本橋から数えて5番目の宿場である。
宿場自体は五街道の整備に伴い、宿場は街道に沿って町並みを構成し、町中は新町、下町、中町、上町、河原組、横町に分かれ、それぞれに名主問屋が置かれ、本陣脇本陣はいずれも中町に置かれていた。1843年(天保14年)の改めによると、宿の往還は、長さ16町55間、道幅は5間、宿内家数365軒・人口1,663人、本陣1軒・脇本陣2軒、旅籠屋46軒(大4軒・中7軒)であった。  (wikipedia・杉戸宿より)

絵地図初期設定画面右に「本郷村(北葛飾郡杉戸町本郷)」と記述されています。

絵地図を右にスクロールすると「堤根村(葛飾郡杉戸町堤根)」と記述されています。

絵地図初期設定画面左下に「杉戸宿(北葛飾郡杉戸町杉戸)」と記述され、「杉戸宿」上方向街道上に「高札場」が描かれ、その右方向に「脇本陣(酒屋伝右衛門宅跡)」「本陣(長瀬本陣)」「脇本陣(蔦屋権左衛門・吉兵衛宅跡)」「問屋場」と記述されています。絵地図右に「大寿院新田」、絵地図を右にスクロールすると「清地村(北葛飾郡杉戸町清地)」と記述されています。「清地村」の右下に三本木一里塚が描かれています。

絵地図初期設定画面に「下高野村(北葛飾郡杉戸町下高野)」と記述され、絵地図を右にスクロールすると「杉戸宿」と記述されています。「杉戸宿」上に高札場が描かれ、その右に「脇本陣(酒屋伝右衛門宅跡)」と記述されています。

絵地図を右にスクロールすると「茨嶋村(北葛飾郡杉戸町茨嶋)」「下高野村」と記述されています。「茨嶋村」右上に茨島一里塚が描かれています。

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