日光道中分間延絵図(雀宮宿)

雀宮宿(すずめのみやじゅく)は、日光街道および奥州街道の16番目の宿駅(宿場町)である。現在の栃木県宇都宮市雀宮。
雀宮宿は江戸時代下野国河内郡にあった宿場町である。『日光道中略記』によると、雀宮宿は、もともと下横田村の台地部にある村落であったことから台横田村と呼ばれ、奥州古道の時代にはその中心地は雀宮宿の東方にあったが、江戸時代の元和年中(1615年 – 1624年)に日光街道が整備されたことにより沿道に人家が集まり宿を成し、近所にあった雀宮神社に因んで雀宮村と改称し、後に江戸幕府によって宿駅とされたものである。初期は宇都宮藩領であったが、宿駅を重視する幕府により、延享元年(1744年)から直轄領とされ、代官が支配した。
天保14年(1843年)頃の『日光道中宿村大概帳』によれば、雀宮宿には本陣1軒、脇本陣1軒が設けられ、旅籠が38軒あり、宿内の家数は72軒、人口は268人であった。横町や裏町のない、1本の通りに沿った純粋な街村であった。宿場は南北方向に5町20間(≒581 m)に渡って広がり、北から順に上町、中町、下町に分かれていた。現行地名では雀の宮一・二丁目が上町、三・四丁目が中町、五・六丁目が下町に相当する。  (wikipedia・雀宮宿より)]

絵図初期設定画面街道左側に雀宮一里塚が描かれています。絵地図を右にスクロールすると、右端に「茂原村(宇都宮市茂原)」と記述されています。

絵地図初期設定右端街道上に雀宮神社が描かれ、その前が雀宮宿北木戸口で、右にスクロールすると「雀宮宿」と記述され、絵地図右端手前に雀宮一里塚が描かれています。

木曽路名所図会. 巻之1-6 / 穐里籬島 編 ; 西邨中和 [画]」・「雀宮」( 7 巻- 31 )

絵図初期設定画面に「臺新田(宇都宮市台新田町)」と記述され、絵地図を右にスクロールすると「上横田村(宇都宮市上横田町)」と記述されています。

日光道中分間延絵図(石橋宿)    日光道中分間延絵図(宇都宮宿)