小田原宿 清水彦十郎本陣跡

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国立国会図書館デジタルコレクション – 東海道絵図」 – 「東海道絵図. 巻第三 小田原ヨリ三島マデ」(コマ番号3/14)
絵図の「城」と記述される、道が箱根口と思われます。そこの辻右下の一町中央に清水彦十郎本陣があることになります。

  
小田原宿 清水彦十郎本陣跡
[小田原宿には4軒の本陣があり、清水彦十郎本陣もその一つです。出雲島根県松江の松平家美濃岐阜県大垣の戸田家などの大名家が定宿としていました。
    平成29年3月  小田原市教育委員会]

(Google Map 画像)

[欄干橋町(らんかんばしちょう)
この町は、「北条家朱印状」(1572 年)に初めて町名が見られます。
この町名の由来は、この町から城内にかけられていた橋の名前によりついたといわれています。町内には、小田原北条氏時代(北条早雲氏綱氏康氏政氏直の北条氏 5 代(1495〜1590 年))からの旧家「外郎(ういろう)家」(永正元年(1504)、北条早雲の招きに応じて京都から小田原に移り住み、祖先伝来の秘薬「透項香(とうちんこう)」を製造販売しました。)があり、江戸時代末期には、本陣(ほんじん:街道の宿場に置かれた大名、公家、幕府役人などのための旅館)1 軒、旅篭が 26 軒ほどありました。
なお、天保初期(1830 年代)、町内の戸数は 39 軒でした。  (「城下町・宿場町 おだわらの町名・地名 町人地 – 小田原市」より)]

清水彦十郎本陣跡 – Google Map 画像リンク

カメラ南南西方向に清水彦十郎本陣跡碑があり、カメラ北西方向「ういろう社」前に旧町名保存碑(欄干橋町)があります。