三島宿 東見付

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国立国会図書館デジタルコレクション – 東海道絵図」 – 「東海道絵図. 巻第三 小田原ヨリ三島マデ」(コマ番号14/14)
絵図右方向に「ほうけい寺(宝鏡院)」と記述され、その左上に新町橋が描かれています。見附は新町橋右方向の家並外れにあったと思われます。左方向旧東海道上に「八まん(守綱八幡神社)」「光安寺」「真言宗 薬師院」「真言宗 かん 寺」、旧東海道下に「日蓮宗 妙ぎょう寺」「せうせん寺(成真寺)」「日蓮宗 本妙寺」と記述されています。

  
東見付
[見付はもとは城門のことで、通行人を見張ることから起こった名称です。宿場の出入り口にあって宿内の見通しを防ぐ施設でもありました。夜間は扉を閉ざし通行人を止めるのが普通でした。
 東見付は神川(かんがわ)(今の大場川)にかかる新町橋のたもとにあり、石塁(せきるい)式の土手に囲まれた枡型(ますがた)見付です。
川原ヶ谷を過ぎ新町橋を渡ると、三島市街に入ります。現在の新町橋は平成8年(1996)11月に架け替えられたものですが、橋の真ん中辺りに『ここ《三島》から東京ヘ103km、京都まで383km』と記(しる)したプレートが置かれています。
 この橋から富士山が美しい容姿を見せてくれますが、江戸時代安藤広重がここから見た雪景色の富士山(東海道五十三次 三島 狂歌入り 佐野喜版)を描いています。
 ここから三嶋大社までの旧東海道に沿って、右に光安寺(こうあんじ)、薬師院(やくしいん)、左に妙行寺(みょうぎょうじ)、成真寺(じょうしんじ)、本妙寺(ほんみょうじ)と5つのお寺があります。いずれもいく度かの大火や大地震で焼失、倒壊(とうかい)の憂(う)き目を見ていますが、その後、再建し現在に至っています。  (「三島宿 – 三島市」より)]

広重画『東海道五十三次之内(行書東海道)三嶋』(wikipedia-photo)

[三島宿 東見付付近から三島宿を描いた画と想像しています。描かれる川が大場川、架かる橋が新町橋、橋から手前が坂に描かれ箱根方面を想像させます。]

『東海道五十三次(狂歌入東海道)三嶋』 「今も猶 夢路をたどる 心ちかな はなとみしまの 雪の曙 立川伊志女」 (Wikimedia Commons)

[新町橋南側からの構図で、正面に富士山が描かれ、左側が三島宿、右側が箱根方向で、見附は右家屋のさらに右側にあると思われます。]

カメラ位置は新町橋で、カメラ北西方向に富士山が見えます。