東海道絵図(小田原宿)

東海道絵図は「国立国会図書館デジタルコレクション – 東海道絵図」 – 「東海道絵図 巻第二 戸塚ヨリ小田原マデ[19]」、「東海道絵図 巻第三 小田原ヨリ三島マデ[14]」からダウンロードして利用しています。

元図「コマ番号 2/16」リンク

絵地図初期設定画面右に「浄土宗 常ねん寺(常念寺)」、絵地図を右にスクロールすると「まへば(前羽・小田原市前川)」その上に「せんげん」(大山阿夫利神社には浅間神社がある。)と記述されています。そこが、大山道羽根尾通り入口と思われます。その下に「まへがわ(小田原市前川)」、右に「をしき里(押切」、「是より西 小田原領」、「是より東 御鷹場」と記述され、間に中村川が描かれています。

元図「コマ番号 2/17」リンク

絵地図初期設定画面に「小やわた(小田原市小八幡)」と記述され、絵地図を右にスクロールすると「一里塚 江戸から十九里 京から百一里」と記述され小八幡一里塚が描かれています。そこの右に描かれる河川は森戸川で、そこの右集落上に「一向宗 志んらく寺(真楽寺)」、その右に「かうめい寺(光明寺・昭和34年に小田原市国府津1082に移転)」、集落下に「かうづ(国府津・小田原市国府津)」と記述されています。

元図「コマ番号 2/18」リンク

絵地図初期設定画面に「一里塚 江戸から二十里 京から百里」と記述され、小田原一里塚が描かれ、その上に「そうふく寺(宗福寺)」、「山王(浜町山王神社)」、その右に山王川が描かれ、その右に「一色」、「せうばい寺」と記述、絵地図を右にスクロールすると「えびすの宮(戎宮・網一色八幡神社)」、その右に「佐川(酒匂川)」が描かれ、「向 土橋大水にて橋落ちる時ハ 舟渡し又は歩行にてなり」と記述されています。「佐川(酒匂川)」の右集落下に「酒かわ」(小田原市西酒匂酒匂)と記述されています。その家並上左から「日蓮宗 ほうせん寺(法船寺)」、「時宗 こうはい寺」、「一向宗 大けん寺(大見寺)」、「時宗 ぜうはい寺(上輩寺)」、「浄土宗 長らく寺(長楽寺)」、家並下左「日蓮宗 妙れん寺(妙蓮寺)」、右「真言宗 なんぞう寺」と記述されています。

元図「コマ番号 2/19」リンク

絵地図初期設定画面に「小田原城 札辻」と記述され、絵地図を右にスクロールすると「一里塚 江戸から二十里 京から百里」と記述され、小田原一里塚が描かれ、その上左に「番所(小田原宿 江戸口見附跡)」、「そうふく寺(宗福寺)」、「山王(浜町山王神社)」、その右に山王川が描かれ、その右に「一色」、「せうばい寺」と記述されています。

元図「コマ番号 3/3」リンク

絵地図初期設定画面に「玉傳寺」と記述され、その右の「あたご」「鳥居」は山角天神社と思われます。そこの右「城」は小田原城箱根口と思われます。絵地図を右にスクロールすると「小田原城 札辻」と記述されています。

元図「コマ番号 3/4」リンク

絵地図初期設定画面に「一里塚 江戸から二十一里 京から九十九里」と記述され風祭一里塚が描かれ、そこの左上に「禅宗 ほうせん寺(宝泉寺)」、「禅宗 ばんせう院」、右に「かさまつ里(小田原市風祭)」、「めいこく寺」と記述され、絵地図を右にスクロールすると中程に「日蓮宗 妙福寺」、その先小田原宿が描かれ、家並外れに「地蔵堂(宗福院地蔵堂)」、「わうれん寺」、「かうりん寺(香林寺)」への参道、「えいせん寺(栄善寺)」、「本ぜう寺(本応寺)」、「伝肇寺」、その下「れんせん寺(蓮船寺・昭和35年(1960年)東海道新幹線建設工事によって城山3-31-15に移転)」、その右に「番所」、その上「いかミ大明神(居神神社)」、「実相院(光円寺)」、「玉傳寺」と記述されています。

元図「コマ番号 3/5」リンク

絵地図初期設定画面左下に「そううん寺(早雲寺)」、「くわんおん(観音)」と記述され、右端に「とうの沢ヘノ道」と記述されています、その下の橋は三枚橋になります。絵地図を右にスクロールすると「やまざき(山崎・足柄下郡箱根町湯本山崎)」、「禅宗 浄泰寺(じょうたいじ)」と記述されています。その記述は紹太寺(しょうたいじ)のことと思われます。その下に「い里うだ(入生田・小田原市入生田)」と記述されています。

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