東海道絵図(嶋田宿)

島田宿 (しまだしゅく、しまだじゅく、旧名「嶋田宿」)は、東海道五十三次の23番目の宿場である。
現在の静岡県島田市大井川の左岸(江戸側)にあるため、増水で大井川の川越が禁止されると、お伊勢詣りなどの江戸から京都方面へ上る旅客が足止めされ、さながら江戸のような賑わいをみせた。長雨により、滞在費と遊興費に所持金を使い果たすことも珍しくなかった。そのため、所持金が無くなったり宿が満員になった際に家を借りた名残で、島田の旧・東海道沿いには御仮屋という地名がある。
「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ 大井川」と詠われた、東海道の難所の一つである。かつての川越し宿場は「島田宿大井川川越遺跡」として国の史跡となっている。
大井川上流から切り出された木材の集積地としても発展。元禄期には運河が開削され、栃山川、木屋川を経て、和田湊(現在の焼津漁港南部)から江戸に運ばれた。  (wikipedia・島田宿より)]

東海道絵図は「国立国会図書館デジタルコレクション – 東海道絵図」 – 「東海道絵図. 巻第五 江尻ヨリ金屋マデ」よりダウンロードして利用しています。

元図「コマ番号 5/18」リンク

絵地図接続図端に「里んにゅう寺(林入寺)」と記述され、その右に「嶋田 札辻」と記述され、右図「嶋田 札辻」右に「一里塚 江戸から五十里 京から七十里」と島田一里塚と表記されています。一里塚に接続して左に高札場があったと思われます。絵地図を右にスクロールすると「とち山」と記述されています。「とち山」は現在の島田市道悦区域だと思いますが、島田市道悦区域の南を流れる栃山川と大津谷川に架かる栃山橋に名が残ります。

元図「コマ番号 5/19」リンク

絵地図初期設定画面左に「水のもやうにより此道を行」と記述され、絵地図を右にスクロールすると「向島(島田市向島)」、右端に「里んにう寺(林入寺)」と記述されています。

元図「コマ番号 5/20」リンク

絵地図初期設定画面に描かれる家並は金谷宿で左端に「金屋札辻」、絵地図を右スクロールすると「大井川歩渡り」、「水のもやうにより此道を行」と記述されています。

   東海道絵図(藤枝宿)    東海道絵図(金谷宿)