東海道絵図(水口宿)

水口宿(みなくちしゅく、みなくちじゅく)は、近江国甲賀郡にあった東海道五十三次の50番目の宿場である。現在は滋賀県甲賀市水口町旧市街。
石橋を境に、東側は道が三筋に分かれた宿場町、西側は水口城城下町で道が鍵の手になっていた。室町時代に宿駅の機能を有するようになった。
1601年に宿駅に指定された。1634年に水口城が築かれ、1682年に水口藩が成立して城下町にもなった。
1843年の『東海道宿村大概帳』によると、家数692軒、人口2692人、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠屋41軒を数えた。本陣は作坂町の鵜飼伝左衛門家、天王町の儀峨彦之丞家と堤文左衛門家があった。  (wikipedia・水口宿より)]

東海道絵図は「国立国会図書館デジタルコレクション – 東海道絵図」 – 「東海道絵図. 巻第十 土山ヨリ京マデ」よりダウンロードして利用しています。

元図「コマ番号 10/6」リンク

絵地図初期設定画面に「岩神(岩神社)」、「小里」と記述され、絵地図を右にスクロールすると、絵地図中央付近に「今ざいけ(甲賀市水口町今郷)」と記述され、その右に「一里塚 江戸から百七里 京から十三里」と今在家一里塚が表示され、さらに右方向に「いな川の水(稲川)」と記述されています。

元図「コマ番号 10/7」リンク

絵地図初期設定画面は水口宿の家並で、絵地図右、接続絵図端に「水?口 札辻」と記述され、絵地図をスクロールすると、山川に架かる「山川のはし」(山川橋)が描かれ、「つきがうえ」、「くり林」と記述され、そこの右方向に「八まん宮(水口町新城八幡神社)」、「志んぜう村(甲賀市水口町新城)」と記述されています。

元図「コマ番号 10/8」リンク

絵地図を右にスクロールすると「八まん宮(柏木神社)」と記述され、その右に「一里塚 江戸から百十八里 京から十二里」と林口一里塚が表示され、その右に「天神」「御茶屋」と記述されています。「天神」は藤八幡神社で、「御茶屋」は水口御殿(甲賀市水口町鹿深3)で、そこの右方向交差路に「志んふく寺(真福寺) 薬師」と記述されています。

元図「コマ番号 10/9」リンク

絵地図初期設定画面に「横田川(野洲川)」が描かれ「よこた川歩渡り 大水ノ時ハ舟」と記述され、対岸に「道から川かみ伊賀ヘノ道」、「恵がし岩」と記述されています。その右上に「一里塚 江戸から百十九里 京から十一里」と泉一里塚が表示され、絵地図をスクロールすると「いづみ(甲賀市水口町泉)」と記述され、その右方向に「いづミなわて(泉縄手)」と松並木が描かれています。

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