東海道絵図(見附宿)

見附宿(みつけしゅく、みつけじゅく) は、東海道五十三次の28番目の宿場である。現在の静岡県磐田市見付付近にあたる。
現在の静岡県磐田市中心部。「見附」の名は、水(み)に接する土地であることが由来である。西北方向には一の谷中世墳墓群がある。
もともとは10世紀に遠江国国府が置かれた土地であるが、鎌倉期には国衙守護所が置かれ、中世の東海道屈指の規模を持つ宿場町となった。16世紀頃には町人による自治も行われていたが、藩政期に入ると自治権は失われ、単なる宿場町の1つとなっていった。

天竜川の左岸にあたるが、大井川と違って水深があったため主に船が使われており、大井川ほどの難所ではなかった。しかし川止めのときは島田宿などと同様に、足止めされた人々で賑わったとされる。また遠江国分寺や見附天神の門前町であり、本坂通の分岐点でもあった。  (wikipedia・見付宿より)

東海道絵図は「国立国会図書館デジタルコレクション – 東海道絵図」 – 「東海道絵図. 巻第六 金屋ヨリ浜松マデ」よりダウンロードして利用しています。

元図「コマ番号 6/14」リンク

絵地図初期設定画面左下に、街道上に「浄土宗 浄かい寺」、「三本松」、街道下に「十王堂」、「一里塚 江戸から五十八里 京から六十二里」と阿多古山の一里塚、その右「くわんおん」は「江東山徳翁院観音堂」と思われます。一里塚の左が見付宿東木戸になります。絵地図を右スクロールすると「大久保(磐田市富士見町)」、右端に「みけの坂(三ケ野坂・磐田市三ケ野)」、「大日堂」と記述されています。
榜示杭(見附宿と岩井村大久保)(拡大画像 – Google Map 画像リンク)

元図「コマ番号 6/15」リンク

絵地図初期画面左下に「いずミ」(磐田市中泉)、中央右に「八まん」(府八幡宮)、その上に「国分寺薬師(遠江国分寺跡)」、「えんま堂」、右に「いまの浦池」と記述されています。絵地図を右スクロールした家並角に「池田へちか道(本坂通・姫街道)」と天竜川・池田の渡しへの近道が記述されています。手前「さいかい寺」(西光寺)前の橋が西木戸になります。近道追分の下「れんかう寺」、「志おん寺(慈恩寺)」、「けん妙う寺(玄妙寺)」、接続地図の左端に「見附 札辻」と記述、 札辻右に「 ? 大明神(淡海国玉神社)」、「大けん寺(大見寺)」、今乃浦川に架かる中川橋右に「せいかう寺(宣光寺) ぢぞう」と記述されています。

本坂通と東海道

元図「コマ番号 6/16」リンク

絵地図中央左端に「も里下」(磐田市森下)と記述があり、絵地図を右スクロールすると「宮の志き(磐田市宮之一色)」、「明神」、「一里塚 江戸から五十九里 京から六十一里」と宮之一色一里塚が表示され、右端接続図に見附宿が描かれ、「いずミ」(磐田市中泉)と記述されています。

元図「コマ番号 6/17」リンク

絵地図中央右に天竜川が描かれ、右にスクロールすると「天竜川舟渡し」と記述され、その右上に「見付へ近道(本坂通・姫街道)」、「池田」(天竜川・池田の渡し)、その先 L 字折れの手前に「むかし道」と記述され、その先に「ながも里」(長森立場)、「森下」と記述されています。

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