笹塚一里塚跡説明板

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[笹塚跡
むかし、この付近の甲州街道の両側に直径1mほどの塚があり、その上に笹が茂っており、そのため「笹塚」と呼ばれるようになりました。
この塚は江戸時代慶長9年(1604)に大久保長安により設置された一里塚であるという言い伝えがあるものの、はたして本当にそうなのかは判然としません。ただ一里塚の印を記載した古図があり、また天保14年(1843)の『幡ヶ谷村差出明細帳』という文書にも「一里塚 村内字笹塚と申所、往来左右に御座候」と記載してあるとのこと。
しかし、時代が下って大正5年(1916)発行の『豊多摩郡誌』によると、南北の石塚が、それぞれ「濠中」と「土中」に埋れてしまって、いまは見ることができないといいます。
    渋谷区教育委員会  (「渋谷歴史散歩No.11 「笹塚跡」と「旗洗池跡」 | シブヤ散歩新聞」より)]

笹塚跡 – Google Map 画像リンク

カメラ北東方向に笹塚一里塚跡案内板が設置されています。

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