旧道石碑(二基の石碑)

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旧道石碑
[長房団地入口の交差点を右折してすぐ左に二基の石碑が建っています。左側は道標で右高尾山マデ一里半、左真覚寺マデ八丁と読めます。右側の石碑はイラストが描いてあり興味深いものです。昭和二年に新道(国道20号)が出来て路が真っ直ぐになったときの様子が描かれています。当時この枡形には砂川屋、地蔵堂、まんじゅ屋、新角屋などが有ったことを語っています。また、左の道標よりかなり立派な石垣の上にのった石碑が描かれていますがこの道標の前身のものなのか、また空襲で折れて上の部分だけをここに再配置したのかは分かりません。  (「甲州道中~八王子追分~」より)]

[八王子中央図書館前を過ぎると、その先に長房団地入口の交差点があるが、 このあたりのイチョウ並木の黄葉は素晴らしかった。
八王子警察追分交番から一キロ三百メートルのところであるが、甲州街道はこの交叉点で右折する。交差点を横断した後、右折して進むと、その先には信号交叉点があるが、その手前に左側に行ける狭い道があり、右側の道との間の空き地に二基の石碑が建っている。左側のは道標で、「右高尾山マデ一里半 左真覚寺マデ八丁」と読める。右側の石碑は、昭和二年に新道(国道20号)が出来て、路が真っ直ぐになったときの様子がイラスト入りで描かれているもの。当時はここは枡形になっていて、砂川屋、地蔵堂、まんじゅ屋、新角屋などがあった様子である。
現在の国道20号は一直線に高尾へ向かっていくが、江戸時代の甲州街道は、田んぼの中をうねうねと曲がりくねりながら進んで行った訳で、この先の道は当時の道の名残である。  (「mrmaxの街道を行く 甲州街道(甲州道中の旅) 駒木野宿」より)]

カメラ西北西方向に二基の石碑があります。

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