中坂

[平河町一丁目、平河天満宮の西裏付近から社殿の南を報知新聞社わきまで下る坂です。元禄4年(1691)の江戸図には平河天満宮の西裏参道はまだ描かれていなく、宝永(1704-1710) 以降の江戸図に現在のような道筋が現れて来ます。坂の名の由来ははっきりしませんが、中坂をはさんで北側に町屋、南側に武家屋敷があったことによるかも知れません。  (「千代田区総合ホームページ – 中坂(なかざか)」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 外桜田永田町絵図」(絵図四つ切左上に平川天神と平川丁二丁目の間を馬場方向に下る坂です。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内往還其外沿革図書. 四」(コマ番号28/87・元禄五年以後之形には平河天満宮の西裏参道はまだ描かれていません、コマ番号29/87・元禄十五年以後之形に西裏参道が描かれています。)

国際日本文化研究センター – (内題)東京府武蔵国麹町区紀尾井町及赤坂区田町近傍(五千分一東京図測量原図のうち)(明治16・1883年)」(地図四つ切右上・天神社下道が中坂になります。)

マーカーは中坂の坂上です。

中坂上・カメラ東南東方向が中坂です。

カメラ南西方向が中坂の標柱です。

中坂下・カメラ西北西方向が中坂です。

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