汐見坂

[中央五丁目12番と13番の間の坂道。坂名について、かつてこの坂から大森の海や舟の白帆、海苔ひび(注釈)などがよく見えたため、この名で呼ばれるようになったといわれます。昭和の初めに耕地整理が行われるまでの汐見坂は、今より道幅も狭く、赤土の坂道で上る左側は畑でした。また、この坂道は池上本門寺へ通じる池上道の近道でもありました。今日では大森方面にビル群が建てこみ、惜しくも海などは見られなくなってしまいました。
(注釈)海苔ひびとは、海苔を付着させるため、海中に立てておく木や竹の枝をたばねたもの  (「大田区ホームページ:汐見坂」より)]

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。1896~1909年地図・本門寺と「小宿」の間に描かれる鳥居は黒鶴稲荷神社で、その下の谷に出来る道に汐見坂があることになります。

マーカーは汐見坂の坂上です。

汐見坂上・カメラ東北東方向が汐見坂で、カメラ方向左に標識柱があります。

汐見坂下・カメラ西南西方向が汐見坂で、カメラ方向左に標識柱があります。

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