河原坂

[鵜の木一丁目10番と12番の間にある坂道。現在の鵜の木二、三丁目付近は昔、多摩川の河川敷であったので河原(かわら)という地名で呼ばれていました。坂名の由来は、この河原に出る坂道であったことによるといわれています。現在は切通しになっていてゆるやかですが、昔は道幅も狭く急な坂道で、河原の畑を往来する荷車などは大変難儀をしたそうです。  (「大田区ホームページ:河原坂」より)]

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。1896~1909年地図・「荏原」左下、六郷用水上の「卍」は増明院です。増明院上、六郷用水につながる道が、河原坂と思われます。

マーカーは河原坂の坂上です。

河原坂上・カメラ西南西方向が河原坂で、坂右に河原坂の標柱があります。

河原坂下・カメラ北東方向が河原坂です。

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