蓬莱坂

[中央五丁目20番と23番の間を東南に下る長い坂。付近は閑静な住宅地です。坂名の由来は、坂近く、中央五丁目4番2号にある稲荷社にちなむといわれています。江戸時代、三代将軍徳川家光のころ、稲荷社の境内で珍しい黒い鶴が捕らえられ、これを将軍家に献上したところ、吉兆であると喜ばれたと伝えられています。蓬莱(ほうらい)とはその吉兆を象徴した名であり、そこから現在の坂名がつけられられたようです。また、この坂上の東方の高台には、縄文時代の横穴古墳群(桐ヶ谷横穴群といわれている)もありました。  (「大田区ホームページ:蓬莱坂」より)]

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。1896~1909年地図の本門寺右、南東に進む道が蓬莱坂になります。

マーカーは蓬莱坂の坂上です。

蓬莱坂上・カメラ南東方向が蓬莱坂です。

蓬莱坂下・カメラ北西方向が蓬莱坂です。

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