馬坂

[田園調布五丁目30番、照善寺脇の坂道。大正ごろまで、馬で引く荷車で台地へ上れるこの付近で唯一の坂道であるため、馬坂と呼ばれました。また、照善寺脇の坂道であることから、寺の坂と呼ばれたこともありました。大正から昭和にかけて行われた耕地整理以前は、竹やぶの中の坂道であったといわれ、現在の田園調布からは想像しがたい情景です。  (「大田区ホームページ:馬坂」より)]

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」(江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図四つ切右下・「上沼部」の下に照善寺と八幡社(田園調布八幡神社)が描かれています。照善寺の右に馬坂があると思われます。)

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。1896~1909年地図・「庵谷」と「新里」の間に描かれる鳥居は田園調布八幡神社で、「卍」は照善寺です。照善寺右の道が馬坂になると思われます。

マーカーは馬坂の坂上です。

馬坂上・カメラ西方向が馬坂で、坂右に標識柱があります。

馬坂下・カメラ北東方向が馬坂です。

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