ゼーム坂(浅間坂)

[JR大井町駅から第一京浜(国道15号線)に出る道にあるこの坂は、もと浅間坂(せんげんざか)と呼ばれていて、非常に急な坂でした。明治時代、この坂下付近に住んでいたJ.M.ゼームスという英国人が私財を投じて緩やかな坂に改修しました。それ以来この坂はゼームス坂と呼ばれるようになりました。 J.M.ゼームス(1839~1908)は、幕末にジャーデン=マディソン商会の長崎支社の社員として来日し、明治5年(1872)に海軍省に入って、測量調査や航海術の指導を行いました。生前から仏教に帰依し、その墓は山梨県身延町の久遠寺にあります。  (「ゼームス坂(旧浅間坂)|品川区 – 品川区 Shinagawa City」より)]

[もとは浅間坂と呼ばれ、かなりの急な坂でした。片側は切り落としになっていて、崖の向こうには品川の海が間近に迫って見えたそうです。 明治時代、この坂の途中に英国人J・M・ゼームスが住んでいたことから、ゼームス坂と呼ばれるようになりました。
設置者: 品川区教育委員会  (「ゼームス坂(品川区大井町方面) – 東京23区の坂道」より)]

[池上道は、弘安 (こうあん)5年(1282年)に創建されたという大田区池上一丁目の本門寺へ向かう道です。
南品川宿から池上道に合流する道筋はいくつもあったと考えられますが主な道筋は3つあり、その1つは南馬場から今のゼームス坂通りに近い道筋から立会川に架かる上立会橋を利用する今の池上道に合流する道筋で、道幅は3間(5.4メートル)でした。
2つ目は青物横町から仙台坂、立会川の中立会橋を渡って大井三ッ又(大井三ツ又地蔵)で今の池上通りに合流する道、3つ目は青物横町から伊達家下屋敷付近を南に折れて、今の月見橋(旧下立合橋)を渡って西光寺光福寺の前を通って来迎院付近で池上通りに合流する道です。  (「江戸時代の道 第3回|品川区」より)]

簿冊標題:江戸御場絵図」(絵図は南方向が上になっていますので、反転して北方向を上にすると見やすくなります。反転絵図中央右方向・「下蛇窪」右上方向、池上道と稲毛道の分岐前の上立会橋より上の道が浅間坂で、現在ゼーム坂と呼ばれています。この絵図では1つ目のルートを池上道としています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [6]拾六下」(コマ番号5/5・絵図中央左、池上道の道が浅間坂で、現在ゼーム坂と呼ばれています。この絵図では江戸御場絵図の字松坂通り(現仙台坂)が池上道とされ、浅間坂を左に進み字悪水川(立会川)に架かる上立会橋左側で池上道に合流しています。池上道のルート2つ目を池上道としています。)

マーカーはゼーム坂の坂上です。

ゼーム坂上・カメラ北東方向がゼーム坂で、カメラ方向右、ポストと街路樹の間にゼーム坂の標識柱があります。

ゼーム坂下・カメラ南方向がゼーム坂で、カメラ方向右フェンス際に標識柱があります。

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