湯立坂

[【標識の説明】
「里人の説に往古はこの坂の下は大河の入江にて氷川の明神(簸川神社)へは河を隔てて渡ることを得ず。故に此所の氏子ども此坂にて湯花を奉りしより坂の名となれり。」(江戸志)
 武蔵風土記には、このあたりのことを簸川原とあり、アユ、ウナギそしてセリなどのとれる所としている。事実小石河(千川とも後年云う)が流れていた。
  我方を 思ひゆかめて 小石河
   いづこを瀬とか こひ渡るらむ
    道興准后「廻国雑記」(文明18年(1484)6月より3月までの北陸、関東、奥州諸国の遊歴見記)より。  (「文京区の坂(13) ~ 大塚・千石方面」より)]

[湯立坂[ゆたてざか]
「里人の説に往古はこの坂の下は大河の入江にて氷川の明神へは河を隔てゝ渡る事を得ず。故に此所の氏子ども此坂にて湯花を奉りしより坂の名となれり。」(御府内備考)
 平成十八年三月 文京区教育委員会]

東京都立図書館 – 東都小石川絵図」(絵図四つ切左上の上端・小石川御薬園左方向にナへワリサカと描かれている坂が湯立坂と思われます。湯立坂と向かいあっている網干坂の両坂を称してナへワリサカと記述していると思われます。)

マーカーは湯立坂の坂上です。

湯立坂上・カメラ北東方向が湯立坂で、カメラ方向左・電柱手前に標柱があります。

湯立坂下・カメラ南西方向が湯立坂です。

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