開運坂

[【標識の説明】
 坂名の由来については、よくわからないが、運を開く吉兆を意味するめでたい名をつけたものであろう。このあたりは、富士見坂(大塚3丁目の交差点から護国寺前)の下であるところから、旧町名を大塚坂下町といった。それでこの坂の下の道を坂下通りとも呼んでいる。坂の上の南側には、五代将軍徳川綱吉の生母桂昌院の願いで建てられた護国寺がある。護国寺の東側には、明治6年(1873)に開かれた豊島岡墓地(皇族墓地)がある。豊島岡墓地の東側は大塚先儒墓所である。江戸時代の高名な儒学者である、木下順庵室鳩巣尾藤二洲古賀精里などの墓がある。
 ”護国寺に住みている鳩 屋根はなれ
   高く飛びおり 春日の空に”
               窪田空穂(1877-1967)  (「文京区の坂(13) ~ 大塚・千石方面」より)]

マーカーは開運坂の坂上です。

開運坂上・カメラ北東方向が開運坂です。

カメラ南東方向に開運坂の標識板があります。

開運坂下・カメラ西南西方向が開運坂です。

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