三百坂

[【標識の説明】
 『江戸志』によると、松平播磨守の屋敷から少し離れた所にある坂である。松平家では、新しく召抱えた「徒の者」を屋敷のしきたりで、早く、しかも正確に、役立つ者かどうかをためすのにこの坂を利用したという。主君が登城のとき、玄関で目見えさせ、後衣服を改め、この坂で供の列に加わらせた。もし坂を過ぎるまでに追いつけなかったときは、遅刻の罰金として三百文を出させた。このことから、家人たちは「三貊坂」を「三百坂」と唱え、余人もこの坂名を通称とするようになった。  (「文京区の坂(8) ~ 小石川・春日方面」より)]

東京都立図書館 – 東都小石川絵図」(絵図中央右方向・伝通院左方向に三百坂が描かれています。) 

国際日本文化研究センター – (内題)東京府武蔵国小石川区小石川表町近傍(五千分一東京図測量原図のうち)(明治16・1883年)」(地図四つ切左上・小石川区の左の道が三百坂になります。)

マーカーは、三百坂の坂上です。

三百坂 – Google Map 画像リンク

三百坂上・カメラ北方向が三百坂です。

カメラ西方向が三百坂の標識板です。

三百坂下・カメラ南南西方向が三百坂です。

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