大給坂

[文京区千駄木3丁目を西南西に上る坂。
特徴
長さ:約140m
傾斜:かなり急な部分あり
形態:直線の坂道
不忍通りから保健所通りに向かって、千駄木の住宅街を上る坂道です。
坂上の児童遊園には、ランドマークともいえる立派な大イチョウの木があります。かつてここには子爵・大給家(府内藩#大給松平家)の屋敷があり、後に内閣総理大臣になる大平正芳も住んだことがありました。
坂を上りきった先の保健所通りは、団子坂上から動坂上に通じる区道で、電線の地中化や歩道の拡幅などを行い「コミュニティ道路」として整備されています。  (「文京区 大給坂(おぎゅうざか)」より)]

[明治初期に子爵・大給近道が屋敷を構えた駒込千駄木坂下町(現・千駄木3丁目)には「大給坂」と名付けられた坂が遺る。また、地元青年団のために大給近孝が寄付して1926年に建てられた文武道場「芳林閣」が現存する。千駄木林町(現・千駄木3-12)にあった近孝邸は、鈴木三樹之助に売却されたのちに大平正芳邸となり、近孝が遺してほしいと希望したいちょうの大木とともに文京区千駄木第二児童遊園となっている。  (wikipedia・大給近孝より)]

「国立国会図書館デジタルコレクション – 江戸絵図. 3号」(コマ番号2/6・絵図中央左上に宗林寺から下る道が藍染川を渡った、左方向の武家地の左側道が大給坂で、坂左に明治初期に子爵大給家が屋敷を構えたようです。)

国立国会図書館デジタルコレクション- 武州豊島郡駒込村絵図(写)」(コマ番号2/3・絵図中央下に松平備後守下屋敷が描かれています。ここが大聖寺藩前田家下屋敷跡(須藤公園)になります。その上の下駒込村の中に明治に入り子爵大給家が屋敷を構え、その前の坂道が大給坂になります。)

マーカーは大給坂の坂上です。

大給坂 – Google Map 画像リンク

大給坂上・カメラ東方向が大給坂です。

大給坂下・カメラ西方向が大給坂です。

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