安藤坂

[【標識の説明】
 この坂は伝通院前から神田川に下る坂である。江戸時代から幅の広い坂道であった。傾斜は急であったが、1909年(明治42)に路面電車(市電)を通すにあたりゆるやかにされた。坂の西側に紀州藩附家老(紀伊田辺藩)安藤飛騨守(安藤直裕)の上屋敷があったことに因んで、戦前は「安藤殿坂」、戦後になって「安藤坂」とよばれるようになった。古くは坂下のあたりは入江で、漁をする人が坂上に網を干したことから、また江戸時代に御鷹掛の組屋敷があって鳥網を干したことから「網坂」ともよばれた。  (「文京区の坂(9) ~ 春日方面」より)]

東京都立図書館 – 東都小石川絵図(嘉永7[1854]/安政[4][1857]改)」(絵図四つ切右下・安藤飛騨守上屋敷右に安藤坂が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内往還其外沿革図書. 十二之二」[コマ番号29/134・享保十(1725)年の形絵図中央、コマ番号30/134・安藤彦兵衛(安藤雄能)左に坂が描かれる道が安藤坂です。コマ番号31/134・寛保二(1742)年之形では安藤帯刀(安藤次由)、当時之形では安藤飛騨守(安藤直裕)となっています。]

国立国会図書館デジタルコレクション – 江戸絵図. 3号」(コマ番号4/6・絵図四つ切右上、伝通院右方向に安藤徹福丸と記述され、その上の道に坂の印が描かれています。そこが安藤坂になります。)

国際日本文化研究センター – (内題)東京府武蔵国小石川区小石川表町近傍(五千分一東京図測量原図のうち)(明治16・1883年)」(地図四つ切左下・小石川水道町上に安藤坂と記述されています。)

国際日本文化研究センター – (内題)東京府武蔵国小石川区小石川表町近傍(五千分一東京図測量原図のうち)(明治16・1883年)」(地図四つ切左下・松平邸右の道に安藤坂と記述されています。)

マーカーは安藤坂の坂上です。

安藤坂 – Google Map 画像リンク

安藤坂上・カメラ南方向が安藤坂で、坂左に安藤坂の案内板があります。

安藤坂の案内板

安藤坂下・カメラ東北東方向が安藤坂です。

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