解剖坂

[【標識なし】
日本医科大学と同大学図書館の間にある坂です。名前の由来が想像されますが、さすがに、文京区教育委員会も標識にはできなかったのでしょう。  (「文京区の坂(6) ~ 根津・千駄木・駒込方面 – 東京23区の坂道」より)]

[江戸時代、ここは太田道灌の子孫である太田摂津守(掛川藩)の下屋敷で、その当時は、現在の日本医科大学から世尊院あたりまでの広大な敷地でした。 (「「千駄木ふれあいの杜」の由来 – Monumento(モニュメント)」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 本郷湯島絵図」(絵図中央右に太田摂津守下屋敷が描かれています。その左端に日本医科大学となり、そこに造られる階段路が解剖坂となります。)

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室) – 首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。1896~1909年地図で文字「根津神社」左の「文」が日本医科大学で「文」のところに描かれる道が解剖坂になります。)

マーカーは解剖坂の坂下です。

カメラ東方向道が消えるあたりが解剖坂上です。

解剖坂下・カメラ西方向が解剖坂です。

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