勢揃坂

[勢揃坂(せいぞろいざか)は、東京都原宿にある坂である。渋谷区内に残る古道のひとつ。俗に源氏坂(げんじざか)とも呼ばれた。勢揃坂は、現在の住所で渋谷区神宮前2丁目の旧國學院大學幼児教育専門学校(現在は国学院高等学校第二記念館となっている)とその向かいの龍巌寺のあいだを登って、熊野神社(青山熊野神社)前に至る坂道である。勢揃坂は緩い勾配の坂で、渋谷区内に残る古道のひとつである。勢揃坂の西側には、東京オリンピックの開催に合わせて整備された外苑西通り(キラー通り)が並走しており、現在の勢揃坂は交通の少ない裏通りとなっている。この坂はかつて鎌倉道(鎌倉街道)の一部であったとの説もある古い坂道で、勢揃坂の名は後三年の役の際に奥州出陣する八幡太郎義家永保3年(1083年)、ここで軍勢を揃えたとの言い伝えによる。このときに従軍した武士のなかには、桓武平氏良文の嫡流にあたり渋谷氏の祖でもある秩父十郎武綱がおり、参陣して手柄を立てたという伝説もある。勢揃坂沿いには近衛歩兵第四連隊跡に建つ国学院高等学校のほか、龍巌寺(竜巌寺)慈光寺といった寺院がある。また、坂の東側一帯は都営原宿アパートであるが、一説では現在の勢揃坂よりも二・三丁東南にあたる青山往還に出るあたりが元々の勢揃坂であったともいわれる。
勢揃坂・wikipedia-photo  (wikipedia・勢揃坂より)]

[所在地 渋谷区神宮前2-2
 ここのゆるい勾配の坂を勢揃坂せいぞろいざかといい、渋谷区内に残っている古道のひとつです。後三年の役 永保3年(1083)に八幡太郎義家が奥州征伐にむかうとき、ここで軍勢を揃えて出陣して行ったといわれ、この名が残されております。このとき従軍した武士のなかに、桓武平氏良文の嫡流にあたる秩父十郎武綱(渋谷氏等の祖)が参陣して、手柄をたてたという伝説があります。真偽についてはもちろんわかりませんが、区内に伝わる源氏に関する伝説のひとつとして注目されます。
 渋谷区教育委員会  (「東京都渋谷区の歴史 勢揃坂」より)]

[竜岩寺というお寺の前の坂を勢揃坂というのだが、俗に「源氏坂」とも言った、このお寺には天満宮があって、源義家がここで出陣の連句をやり、社前に奉納したことがあって、この天満宮は俗に句寄の天神とも呼んだ。ここから、今の千原橋(渋谷川に架かっていた橋・現在の霞ヶ丘交差点付近)を渡って仙寿院のそばから、榎坂の「お万榎」へ出るのである。ここが「鎌倉道」であるから、これより北へ行けば、奥州街道となり、四谷大木戸、大久保、高田馬場、雑司が谷、護国寺裏、滝野川、豊島村を経て千住へ行くのである。  (横関英一著 – 「江戸の坂 – 東京の坂(全)」より)]

東京都立図書館 – 青山長者丸辺之図」(絵図四つ切右下・水野大監物下屋敷の右方向に里俗源氏坂と記述されています。)

マーカーは勢揃坂の坂上です。

勢揃坂上・カメラ北方向が勢揃坂で、カメラ方向右に勢揃坂の標識板があります。

勢揃坂下・カメラ南方向が勢揃坂です。

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