宮益坂

[宮益坂(みやますざか)は、東京都渋谷区渋谷駅から青山通り(国道246号線)に上がる坂道であり、道玄坂と並んで渋谷を代表する坂のひとつである。坂の頂上では、金王坂(国道246号線)の頂上と合流する。江戸時代には大山街道の最初の茶屋として賑わい、上渋谷の中心のひとつであった。この一帯は、より早くから賑わっていた金王八幡宮周辺に対して「新町(渋谷新町)」と呼ばれ、『江戸名所図会』には農家のほかに茶屋や酒屋が記載されている。当時江戸を出発した旅人にとっては三軒茶屋のひとつ前の休憩地が当地であった。当地は街道の立場としてのほか、御嶽神社や千代田稲荷門前町でもあり、正徳3年(1713年)には町並地となって町奉行の支配下に入った。当地が、「渋谷宮益町」と称されるようになったのは、町並みとなったこの時が最初である。坂の名称もはじめ「富士見坂」と呼ばれていたが、江戸時代、この一帯の町名が坂の途中にある千代田稲荷(現在の御嶽神社)の御岳権現にあやかって「宮益町」と変更されたことから、この坂も「宮益坂」と呼ばれるようになったものという。宮益坂は長く小商いと職人と飲み屋の一側町で、明治時代中期に至るまで、人家は坂の両側に一列あるのみであった。「富士見坂」の旧称の通り、もともとはこの坂から富士山が望めたが、坂下の左側に東横デパートが完成すると、富士山はその影に隠れて見えなくなった。1937年(昭和12年)12月には、宮益坂に並行するかたちで東京高速鉄道渋谷線(現在の東京メトロ銀座線)が竣工した。谷底にある渋谷駅高架駅を出発した電車は高架橋を進み、そのまま宮益坂の中腹で地下鉄トンネルに入る構造となっている。  (wikipedia・宮益坂より)]

マーカーは宮益坂の坂上です。

宮益坂上・カメラ西南西方向が宮益坂です。

宮益坂下・カメラ東方向が宮益坂で、カメラ方向左花壇先端に宮益坂の標柱があります。

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