九郎九坂

[九郎九坂(くろぐざか)とは、東京都港区元赤坂一丁目と元赤坂四丁目の間に存在する坂道。江戸時代は西側が定火消屋敷、東側が赤坂表・裏伝馬町二丁目。地面が鱗状であったことから、坂沿いは鱗店(うろこだな)とも呼ばれた。坂下で彈正坂と交わり、坂上で青山通りと交わる。登って右側が豊川稲荷東京別院である。江戸時代の一ツ木町の名主、秋元八郎左衛門の先祖九郎九が同所に居住していたことからこの名が付けられた。別名:鉄砲坂(付近に鉄砲の射撃場が存在したため)
坂上青山通りより・wikipedia-photo、道標・wikipedia-photo  (wikipedia・九郎九坂より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 赤坂絵図」[絵図四つ切左上・紀伊殿上屋敷右、定火消御役屋敷(現豊川稲荷東京別院)上の路が九郎九坂(鉄砲坂)で、鉄砲坂の名称は坂上右の井上左太夫が、江戸時代の世襲の御鉄砲方御用衆(横関英一著 – 「江戸の坂 東京の坂(全)」より)であったことによる。]

マーカーは九郎九坂の坂上です。

九郎九坂上・カメラ北西方向が九郎九坂で、坂左に九郎九坂の標識です。カメラ西北西方向が豊川稲荷東京別院です。

九郎九坂下・カメラ東南東方向が九郎九坂で、坂左に標識があります。

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