別所坂

[別所坂は目黒区の東北部の高台、淀橋台から目黒川の谷に面した急斜面を切り割った、いわゆる切通しで、渋谷区境から中目黒1丁目、2丁目境を目黒川田楽橋に下る、折れ曲がった長い急坂である。
坂の由来については、郷土目黒誌によると「この坂を下ったところに別所と呼ばれた地名のところがあったからである」と記されており、かつては江戸の人びとが麻布辺りから行楽の地、目黒に入る近道として重要な交通路であった。また、坂上は富士のながめの良いところで、えぞ・千島の探検で知られた近藤重蔵文政2年(1819年)、新富士・近藤富士などと呼ばれた築山を造り、目黒元富士とともに江戸名所のひとつとして、行楽客に親しまれていたと言われている。この築山は昭和34年まで、その形を残していたが取り崩され、今は、「文政二己卯年六月建之」の碑石が残されているのみである。 (「別所坂 目黒区」より)]

[目黒区みどりの散歩道◎目黒川コース
 目黒の”新富士”と新富士遺跡
この辺りは、昔から富士の眺めが素晴らしい景勝地として知られたところ。江戸時代後期には、えぞ・千島を探検した近藤重蔵が、この付近の高台にあった自邸内に立派なミニ富士を築造、目切坂上の目黒”元富士”に対し、こちらは”新富士”の名で呼ばれ、大勢の見物人で賑わった。
 平成3年秋、この近くで新富士ゆかりの地下式遺構が発見された。遺構の奥からは石のや御神体と思われる大日如来像なども出土。調査の結果、遺構は富士講の信者たちが新富士を模して地下に造った物とわかり「新富士遺跡」と名づけられた。今は再び埋め戻されて、地中に静かに眠る。(「名所江戸百景 第24景「目黒新富士」|東京ガードレール探索隊 」より)]

[別所坂上庚申塔(中目黒一丁目1番)
きつい坂道を上ったところに6基の庚申塔が収められています。  (「庚申塔めぐりガイド 目黒区 – 別所坂上庚申塔」より)]

[名所江戸百景・ 目黒新富士(現在の目黒区中目黒2丁目 別所坂付近)ファイル:100_views_edo_024.jpg]

マーカーは別所坂の坂上です。

別所坂上・カメラ西南西方向が別所坂で、坂階段突き当たりに庚申塔があります。

別所坂下・カメラ南東方向が別所坂です。

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