石古坂

[下目黒3丁目と品川区小山台1丁目の境、都立林試の森公園正門前に「石古坂」というゆるやかな坂がある。坂の名は、石ころの多い坂だから「石古坂」と、土地の人はいう。また、江戸時代の「府内場末其他沿革図書」の「中下目黒滝泉辺之図」には、この坂を石河坂」とあり、そこから転じて「イシコ坂」となったらしいともいわれている。
坂下で米穀商を営む林正雄さんは「以前、この坂は、かなりの急斜面で、大八車なんかが通る時には、ひどく汗を流していました。私も幼いころは、確か、1銭か2銭のだ賃をもらうために、坂下で大八車を待っては、後押しをしたものですよ」
坂下の目黒不動商店街付近には、昭和18年ごろまで、何軒もの芸者屋があり、稽古三味線の音がよく聞けたそうである。また、不動の門前には、待合や料理屋が軒を連らねていたという。
不動門前に比翼塚という石碑がある。これは以前、坂下にあったもので、その碑にまつわる平井権八と小紫の恋物語は、いろいろと脚色され、歌舞伎人形浄瑠璃で知られ、参拝する男女も多かったという。俳優の長谷川一夫大江美智子萬屋錦之介の兄である中村時蔵など、比翼塚にまつわる芝居をする役者さんたちが、よく芝居の前に供養に訪れたという。  (「石古坂 目黒区」より)]

[【標識(目黒区教育委員会)の説明】
石ころが多い坂だったので石古坂とよぶようになったといわれる。また、この近くに石河という屋敷があったので、坂名になったともいわれる。  (「目黒区の坂(3) ~ 目黒・下目黒方面」より)]

簿冊標題:江戸御場絵図(文化2(1805)年)」(絵図は南方向が上になっていますので、反転して北方向を上にすると見やすくなります。反転絵図中央右方向・「下目黒」右下に目黒不動龍泉寺が描かれ、その下方向品川用水に於猿橋と字地蔵辻が描かれています。於猿橋と地蔵辻を底辺とする三角の上頂点の上方向の道に石古坂があります。)

マーカーは石古坂の坂上です。

石古坂上・カメラ北方向が石古坂です。

カメラ北北西方向に石古坂の標柱があります。

石古坂下・カメラ南南西方向が石古坂です。

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