[所在地 東京都文京区湯島1 ・ 千代田区
神田川対岸の駿河台の淡路坂(あわじざか) と並ぶので相生坂という。
『東京案内』に、「元禄以来聖堂のありたる地なり、南神田川に沿いて東より西に上る坂を相生坂といい、相生坂より聖堂の東に沿いて、湯島坂に出るものを昌平坂という。昔はこれに並びてその西になお一条の坂あり、これを昌平坂といいしが、寛政中聖堂再建のとき境内に入り、遂に此の坂を昌平坂と呼ぶに至れり」とある。そして後年、相生坂も昌平坂とよばれるようになった。
昌平とは聖堂に祭られる孔子の生地の昌平郷にちなんで名づけられた。
『これやこの 孔子の聖堂 あるからに
幾日湯島に い往きけむはや
法月歌客
昭和53年(1978年)3月 文京区教育委員会 (「東京都文京区の歴史 相生坂(昌平坂)」より)]
「国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 本郷湯島絵図」(絵図左下に聖堂が描かれています、聖堂左の道が相生坂になります。)
「国際日本文化研究センター – (内題)東京府武蔵国神田区駿河台及本郷区湯嶋近傍(五千分一東京図測量原図のうち)(明治16・1883年)」(地図中央・東京師範学校が湯島聖堂で、その下の道に昌平坂と記述されています。そこが相生坂で、神田川対岸の淡路坂と相対するため相生坂とも称されています。)
マーカーは相生坂の坂上です。
相生坂上・カメラ東南東方向が相生坂です。
相生坂下・カメラ西北西方向が相生坂で、カメラ北方向湯島聖堂掲示板右に相生坂の標識板があります。